No.004

先祖代々の住宅に敬意を/建築の公共性

宮崎県宮崎市の住宅 阿波岐原の家01

築120年の民家. 古いけど愛着を持って住まわれていた民家からの建て替えになりました. 親世帯と子世帯(次女夫婦)の2世帯住宅として建築されています.
風呂場や洗面の水回りは共有で、トイレは2つ.リビングダイニングも共有ですが、子世帯の小さなプライベートリビングもあります.

元々住まわれていた民家(解体前の状態)※photo:山田伸彦建築設計事務所

『高校の先輩(※長女は同級生)の実家で、元の家もよく知っています.古いけどすごく落ち着く空間で、みんなの溜まり場のような場所でした.ご両親や兄妹の知人や友人だったり、いつも誰かが家にいるようなイメージと、昔ながらのどっしりとした薄暗い民家で、みんなが座ってワイワイといるイメージがありますね.いつ行っても受け入れてくれるような包容力が人にも建築にもありました.』(山田氏)

将来的な相続なども見据えて、大きな敷地を分割して(一部を分譲して)子供たちに受け継ぐことになりました.家を建てるのであれば、昔からの知人であった山田伸彦建築設計事務所の山田氏に相談をすることは決めていたそうです.

『高校生の時から大好きな建築でしたので、勝手にまずは民家のリノベーションをできないかなとは思ってました. 最初はできれば残したいとも思いました.そのためには曳家(ひきや)などが必要でしたし、想定より金額もかかり過ぎる.シロアリの蟻害は思った以上にひどく、相続などの問題もあり物理的にも難しく、結局新たに建てるということになりました. ただ、この建築の良さを受け継ぎたいと強く思いました.』(山田氏)

−建てるにあたって山田さんの自邸(下北方の家)をお母さんやお父さんにも見てもらうことに−

『すごく良い住宅だなとは思ったんですが、私たちには少しモダンに見えました.歳を重ねてからの新築なので、デザインよりは住みやすさが気になって、新しい家が変わりすぎたらどうしようかと.』(母親)

模型や図面などで見ていたとはいえ、出来上がるまでは不安だったそうです.そして工事現場をちょくちょく見に来ていたそうです.

『だけど出来上がったものは外壁もしっくりくるし、畳も使われているし、木がたくさん使われているし、窓が広いし、居心地が良いです. 窓を開けると風がさーっと通るし、すごく気持ちが良いです.昔の家を彷彿とする時も良くありますよ.』(母親)

庭の紅葉(もみじ)はお母さんの希望で取り入れた樹木で、定位置のリビングのテーブルに座った正面に見え、 ちょうど外からの目隠しにもなっています. 夜に縁側から見る月が大好きで、孫たちにも声をかけて一緒に空を見上げているそうです.

『元の民家を実測し、九州間(※)で出来ていたモジュールを整理しつつ、うまく元のプランをトレースしながら設計したことで違和感なく受け入れられているのかもしれません.ちょうど田の字型プランといわれる古くからあるプランで真壁の要素や素材も一部元の民家から持ってきています. 元の住まいに扉があまりなかったので、出来るだけ扉も少なく、開き勝手なども元の民家を参照しながら設計しました.室との関係もあまり変えすぎないようにしました.新築ですけど、親世帯をリノベーションして、それに子世帯を増築したようなイメージです.』(山田氏)

どちらの家族もほとんど要望はなかったそう. 任せたもらった山田氏は相当にプレッシャーを感じていたそうです.

『昔から知っている人たちなので、受け入れられるかどうか実は結構悩みながら設計していました. 周りにこの住宅を知っている人も大勢いるので. 独りよがりのものになっていないかどうか、先人の建築を引き継ぎながら次にパスするような感じというか.時間に耐えうる建築になっていると良いなと思います.』(山田氏)

次女の旦那さんはタイの人で、大家族で育ったこともあり、2世帯がゆるやかにつながった新しい家もすっかり気に入ってすぐに馴染んだそうです.タイから旦那さんの家族や親戚が泊まりに来たこともあるそうです.

『私は家の建つイメージがまったくなかったので、出来てから少しずつ手を入れています.料理が好きなので、キッチンは広くして欲しいとお願いしてよかったです.昔ながらのタイプの台所でお客さんも多いので収納も十分です.一番好きな場所です.』(次女)

次女家族は山田さん家族とも仲が良く、お互いの家を行き来する家族ぐるみでお付き合いのある仲だそうです.

『奥さん(次女)はすごく料理が得意で、タイ料理なんかをパパッと作ってくれてご馳走してくれたりします. お父さんが魚を捌いたりするスペースを裏の勝手口のそばに作ったりしているので、伺うと食事をご馳走になることも度々です. 私が東京にいるときでも息子と妻は伺うことも多く、一緒にご飯をいただいたりしています. 旦那さんもすごく良い人で、旦那さんのタイへの実家の帰省に私たち家族でお邪魔したりもしましたね.』(山田氏)

-インタビュー当日も取材の皆で次女さんの手作りのタイカレーをご馳走に-

『昔の家と変わらない感じもあります. なんとなく2世帯のような気がしません.私は、ほとんど共有のリビングにいますね. 夫も慣れているとはいえ、時には一人になりたいとも思いますので部屋を作ってもらいました. あと夜の照明が点いた時の雰囲気もとても気に入っています.』(次女)

シンプルに部屋をつくることを考えたのですが、趣味の多い次女のご主人さんのイメージと合わせて、屋根裏部屋のイメージで趣味部屋のようなロフトの部屋を提案されたそうです.

取材の時にも、床のメンテナンスのことをお母さんから聞かれたりと良い関係が出来てるように見えました.隣の長男夫婦の家と同じ素材で設計することや同時期に建築するでコストダウンを計れた部分もあるようです.

『杉のフローリングは屋久島の杉、壁は漆喰塗装、外壁は焼杉で材料の無駄もなくなりました.ロット(数量)があるので少しはコストダウンできたようにも思います.あとは2件同時に着工/竣工することもコストダウンになりました.同じ材料を使っていても少し違った要素があるのが、設計していて楽しかったです. 結果、内部はライフスタイルで結構違う家になったような気もします.』(山田氏)

−建築家として隣接敷地に2件連続で依頼されることは稀(まれ). その時に山田さんが考えたことは何だったのだろうか–

『古くからある民家の建て替えということもありますが、今後もこの場所(古くからの住宅地)がこうあって欲しいという建築のあり方を考えました. 2件を別々の意匠でというよりは、すんなり同じ外観で良いのではないかと思いました. 建築のボリュームを分節して圧迫感をなくすことや庭を作り込み敷地に馴染ませること、そういったシンプルな操作で街を作って行けるのでないかとも思いました. 建築の公共性みたいなことでしょうか.』
(山田氏)

実は3人兄妹で、長女さんの分割敷地も東側にある.今はビニルハウスが建っているが、この後はどうなるのだろうか

『実は一番最初に建築の新築のお話しを頂いたのは僕の同級生の長女でした.建てられればそれこそ建築家冥利につきますが、今の隣に畑(ビニルハウス)のある風景もいいなと. 長女さんのライフプランもあるので、同級生の気やすさもあり、無理に建てなくても良いのではないかと言っています. 一応の計画案はありますよ.建てたくなったらいつでも可能です.』(山田氏)

たまに長女さんが泊まりに帰って来た時にもリビングの畳のところで寝ているようで、その時にはやはり昔の家に帰ったように感じるみたいです.長女の旦那さんもこの家を大変に気に入っているようです.

『子供(孫)も独立して住む家族が減ることもあるとは思いますが、使い続けながら将来的に変わっていくことも楽しみにしています.』(次女・母)

当日の気候と同じような温かい雰囲気に包まれた家族にお話をお聞きしました. 周囲にすっかりと馴染んだ建築には、取材時もひっきりなしにお客さんが訪ねてきていました.山田さんが話されていた元の民家にあった包容力は新しい建築にきちんと引き継がれているように感じました.

※敷地前面道路は施主と前面の住宅のための私道です.

※九州間
建築で畳を基本とした寸尺モデュールのことで、一般的に地域によって変わる. 現在関東などで使われる910mmをプレカットでも基本としているが、九州だと955mmを基本としていることが、特に古い家に多い.

建築場所:宮崎県宮崎市
建築概要:木造2階建て 家族構成:夫婦(親世帯)、夫婦+子供2人(子世帯)
床面積 :141.07㎡※ロフトを含む
第7回 チルチンびと住宅建築賞 優秀賞受賞

Interview&text:kang(support:山田伸彦建築設計事務所)
Photo:Nacasa&Partners 金子美由紀