No.008

ラフだけれども上質な建築

宮崎県宮崎市の飲食店 宮崎ごはんとお酒 ハイク

宮崎市の中心部から車で約20分程度. フェニックス・シーガイア・リゾート宮崎にほど近い場所に立地、宮崎の食材をメインに和食とアウトドア料理、そしてこだわりのお酒などを取り扱う飲食店です. 2019年に移転新築をされ、名称もHIKE(ハイク)と変更して開業されました.

 山田さんは昔からの知り合いということで、以前やられていたお店にもご家族で何回か訪れていました. クライアントさんは今回のお店作りに関して、山田伸彦設計事務所に設計を依頼することは決めていたようです.

『設計を頼むのであれば、山田さんにお願いしようと思っていました.信頼できる人でしたし、作っているものも素晴らしいし、知り合いということで自分たちのこともよく分かってもらえているので良いのではないかと思っていました.要望としては予算が限られているのですが、トイレは男女別で2つ欲しいということ. 元々使っていた厨房機器を新しいお店でも使うこと. あとは自分たちの趣味であるキャンプの要素を入れたいと思っていたので、家具を自分たちが好きなsnow peakの製品を使うこと. 主にこの3点をお願いました.』(ご主人、奥さま)

 もともとのお店は宮崎市の隣の国富町にありました.ソムリエの資格を持つ奥様のセレクトするお酒は日本酒/焼酎/ワインと色々あり、ご主人のしっかりとした技術に裏打ちされた料理(和食)が非常に美味しいお店でした.

 山田さんは要望を聞いて、まずは雰囲気がキャンプに偏りすぎると何のお店かが分からなくなってしまうのではないかと懸念されたそうで、その上でどういった雰囲気にするかを考えました. また予算(一千万円台前半くらいだそうです.) をお聞きした時に、この予算の中でどうやってお店作りをしていくか非常に悩んだそうです.

『コストが非常に厳しいのでどうしたら予算内に納めることができるか.少し専門的な話ですが、シンプルな形にすること、出来るだけ1度で仕上げになるもの(仕上げを兼ねるもの)を選定すること、工事の工種や工程を減らすことなどを考えました. お店としての色気みたいなものは必要ですので、照明や仕上げなどそれらを含めて総合的に予算配分を考えています. 施工にあたっては幼なじみでもある吉武建築の大工の吉武氏に設計段階から相談して、外装、サッシや建具も含めてほとんどの工程を吉武さんにやってもらっています. ある意味で私の建築というより、共同体として設計してそして出来ていると言っても良いくらいのものです.』(山田氏)

 敷地に馴染むように、外壁は近隣にも多く見られるガルバリウム鋼板、形はシンプルな箱型です. これは市街化調整区域に建つ、この辺りの工場やロードサイドのお店が多い敷地環境を反映しているそうです.

 東側入口は、待合やディスプレイスペース(自転車置き場兼ねたもの)を考慮した奥行き約3mの広い軒下で、北側の道路から見える大きな窓が特徴的な外観となっています.

 客席はいわゆるワンルームで北側と東側に2名から4名テーブルがあり、東側の木毛セメント板の壁になっているテーブルは、個室感やプライベートな領域感が確保されています. 厨房の壁がキャンプのイメージで、木質のOSBボードの素材が使われていて、同じ素材でカウンターが出来ています.全体の天井は宮崎の杉の木の梁をあらわしにして高く、気持ちの良い客室のスペースとなっていて、その上でペンダントライトが空間にリズム感を与えています.

−新しいお店になってどういった変化がありましたか?−

『近隣の人たちは何のお店かわからない、美容室やアウトドアのお店などではないかと噂していたようです. 以前のお店が居酒屋風だったので、それから脱却したいと思っていました.今は世代を選ばず色んな客層の人たちが来てもらえるようになりました.昼は若い人たちも多くお店に来てもらえるのが嬉しいです. そして夜にご両親も連れて来られる方もいたりして、世代や男女関係なく色々な人が訪れるようになっています.もちろん、以前からのお客さんも引き続き来てもらえています.』(ご主人、奥様)

 ご主人と奥様は、山田さんや吉武さんと一緒のお店づくりが記憶に残っていると言います.

『ものすごく自分たちを見てくれるなと思いました. 私たちも3者で作り上げる・建っていく過程に参加していると感じられました.これだけの予算なのに、不便なところは本当に一つもありません.既存の厨房機器が、新しい厨房に寸分の隙間もなくピッタリとはまった時に感動さえありました.

 厨房の壁の部分の仕上げに変化をつけて、”特に夜に外から料理をしている人が見えるように考えています.ある意味、舞台のように考えています.”とおっしゃってくださって、気が引き締まる思いもありますね.また照明の高さなどの細部も本当に細かいところまで気を配ってくださっているのが印象深いです.』(ご主人、奥様)

『ハイクの店舗のあり方として、過度にサインを出したりしなくても良いのではないかと思いました.街中にあるお店でもないのですし、前の道なんかは、人がほとんどが歩いていなくて、車がよく通る道に面しています.この時代は気になればネットなどで調べて来てもらえるようにも思いました.味は間違いないので一度認識され、気に入ってもらえれば必ずリピートしていただけると思っていました.  

 実際にコスト配分を考えても、サインなどにお金をかけるより2面接道の利点を生かして、お店自体を広いメインの道路側に寄せて、特に夜間には照明でお店自体がサインになるようにしています. それと小さいお店なので、ロードサイドにあるお店のように前面が車の駐車場でごちゃごちゃした印象にならないような工夫をしています. 日中は北側(と東側)採光で直射光を気にせずに過ごせる利点と、夜間の駐車場のヘッドライトが客席に気にならないようなこの配置と窓の開け方が最適に思いました.』(山田氏)


大工の吉武さん. 宮崎の物件での山田さんの協働は多い. この日は誕生日が近かったので取材を兼ねたお祝いとなりました.

『お店の配置を周りと違って前に出すというところや、厨房を舞台のように考える発想が本当にびっくりしました. 設計の時から山田さんからお店の回転率や動線、値段の設定のことまで細かくお話ししていただき、そこまで考えているんだと感動しました. 従業員を雇わず夫婦二人でお店をやると決めていたので、私たちからも要望を話ながら動線計画は綿密に詰めて話をしました. 本当に裏動線までよく出来ていると思います.』(ご主人、奥様)

『割と建築のデザインだけでなくて、お店の運営のことなどが気になってしまうので、お節介とは思いましたが、その話をお聞きしたいと思いました. だいたい他のプロジェクトでも変わらないですかね. でも私は飲食店のプロではないので、上から意見をするということはないです. 餅は餅屋ということで. 建築にとっては建ってからの方がずっと長い時間を使っていくと思いますので、将来や運営の色々なことを考えたりすることも今の時代は大事なことなのかなと思っています. あとはお店であれば人をひとり雇うとなると、それで売上などにも関わってくるので、その辺りでもデザイン(やプラン)は変わるような気がします.そこを含めてデザインをしていきたいなと思っています.』(山田氏)

ここで施工を担当した大工の吉武さんにもお話をお聞きしました.

−お店作りはどうでしたか?−

『一言で言えば率直に楽しかったです.計画当初から山田さんに話を聞いており、勿論コストの面も考えて協議を重ねました.山田さんから言われた建築のテーマ(ラフだけれども上質な建築)が頭に残ってます. 全ての素材が(内外部共に)表装仕上げになるため、特に細部にはこだわり施工しました.仕上げ工程では木材よりもアルミ・鋼材などを触っていた様な…(笑) 工事途中に震度5弱の地震があり製作していた大きな硝子が目の前で縦揺れして恐ろし かったのも記憶に残りますね.全体を見て回りましたが、しっかり構造計算されている為、余計な心配でした. 

 私の仕事はつくる事です.度々打ち合わせにも参加されたお施主さんの建物への思い・これからの思いも伝わりました.その思いを山田さんが設計され、具体的なかたちにする私の段階では双方の思いを請け負います.それぞれのこだわりを形にでき、私自身とても勉強させて頂いた建築になりました.』(吉武氏)

施工中の写真01(photo:山田伸彦建築設計事務所)
アングルやチャンネルを組み合わせたすっきりとした建築ディテールとしている.外壁のサンプルで波の大きさや出隅などを確認している様子
施工中の写真02(photo:山田伸彦建築設計事務所) 施主と一緒に現地を確認する. 定期的に一緒に確認をした.

−お店の器や家具もこだわりを感じられます−

『料理にとって器はすごく大事に思っていて、妻の郷里である栃木県のよしざわ窯さん(益子焼)と出会えて、盛りつける料理のインスピレーションがどんどん湧いてきました. 今はこの器にほぼ全てのお料理を盛り付けて使っています. 一部よしざわ窯さんのご好意でお店でも販売もさせてもらってます.割と食事のついでに買われていくかたも多いですよ.

 スノーピークの家具はお店を始める時にどうしてもこのテーブルを使いたいと思っていた憧れでもありましたし、お店作りのきっかけでもあります. しっかりとした作りで丈夫ですし、居心地の良さにも繋がっていると思います.』(ご主人)

 夜は必要以上にお客さんを入れないというお二人の方針もあり、落ち着いた時間を過ごすことが出来ました.おいしいお料理とお酒が楽しめるお店として、地域に馴染んでいる様子です.

 昼はランチとしてお魚・お肉・カレーの3種類から選べ、 夜とはまた違い、柔らかい光の中でお食事をいただくことが出来ます.

 お二人の優しい人柄が気持ちの良い空間と合わさって、ゆったりとした時間が流れています. 老若男女いろいろな世代の人たちが、たくさんのおいしいお料理とお酒で過ごす大事な時間をこれからもこの地で提供されていくのだろうと、羨ましく思いました.

建築情報
建築場所:宮崎県宮崎市
建築概要:木造平家建て 
床面積 :59.62㎡

店舗情報:宮崎ごはんとお酒 ハイク
     宮崎市阿波岐原町前浜4276番531
     0985-77-6312

Interview&text:kang (support:山田伸彦建築設計事務所)
取材協力(および施工):吉武建築株式会社
Photo:Nacasa&Partners 金子美由紀